TOTAL FOOTBALL

TOTAL FOOTBALL

ヨハンクライフはイタリアでは一度もプレーしなかったが、イタリアにも
強烈なインパクトを与えた。
1970年代のアヤックスによる3度のヨーロピアンカップ優勝は
新しいタイプのフットボールの到来を世界に告げた。
それがトータルフットボールである。
それは、動き、柔軟性、速さ、ショートパスからなる。

David Winnerが述べるように
「トータルフットボールとは柔軟なスペース理論から成る」
攻撃においてはチームは「できるだけピッチを広げることを目的とし」、
守備ではスペースを潰して行く。

これは厳格なマンマーキング、ロングパス、カウンターのイタリアのカテナチオとは対照的である。
アヤックスの2度の制覇はインテル、ユベントスなどイタリアのチームを下したものであり、この敗戦によりイタリアの監督、会長はカテナチオを捨てるか、少なくとも修正することをインスパイアされた。

インテルの敗戦はまさに分水嶺だった。
インテルはセルティクを0-0のままPKで下したが、決勝で
クライフの2ゴールの前に砕けた。
まさにトータルフットボールがカテナチオを失墜させた瞬間だった。

トータルフットボールは、イタリアのチーム、選手、ファンに簡単には受け容れられなかった。
分かちがたい守備意識が塹壕のように残っていたのだ。Breraにも、驚くことなかれ、コアなサポーターもイタリアの守備の伝統に固執しており、尊大なトータルフットボールへの激しい反発があった。