TOTAL FOOTBALL

TOTAL FOOTBALL

ヨハンクライフはイタリアでは一度もプレーしなかったが、イタリアにも
強烈なインパクトを与えた。
1970年代のアヤックスによる3度のヨーロピアンカップ優勝は
新しいタイプのフットボールの到来を世界に告げた。
それがトータルフットボールである。
それは、動き、柔軟性、速さ、ショートパスからなる。

David Winnerが述べるように
「トータルフットボールとは柔軟なスペース理論から成る」
攻撃においてはチームは「できるだけピッチを広げることを目的とし」、
守備ではスペースを潰して行く。

これは厳格なマンマーキング、ロングパス、カウンターのイタリアのカテナチオとは対照的である。
アヤックスの2度の制覇はインテル、ユベントスなどイタリアのチームを下したものであり、この敗戦によりイタリアの監督、会長はカテナチオを捨てるか、少なくとも修正することをインスパイアされた。

インテルの敗戦はまさに分水嶺だった。
インテルはセルティクを0-0のままPKで下したが、決勝で
クライフの2ゴールの前に砕けた。
まさにトータルフットボールがカテナチオを失墜させた瞬間だった。

トータルフットボールは、イタリアのチーム、選手、ファンに簡単には受け容れられなかった。
分かちがたい守備意識が塹壕のように残っていたのだ。Breraにも、驚くことなかれ、コアなサポーターもイタリアの守備の伝統に固執しており、尊大なトータルフットボールへの激しい反発があった。

時間・空間・思惟/あるいはFootballの水脈

バクスターが来日する前の三木防災の紅白戦で感じたインスピレーション、そして来日した後のチーム作りの過程。
それはひとつの章立てをして論ずべき問題であったと、今にして思う。

433という戦術を選択した理由。これは彼の言葉を借りれば日本人のスピードとアジリティがそれに向いているということであった。が、今一度、振り返って考えてみると、バクスタ−という監督はスタジアムという舞台装置(アリーナ)で、欧羅巴Footballの歴史を振り返る演目のための脚本を用意しこの極東の二部で再演したかったのではなかったかと推測する。己の軌跡の確認と日本のサカーのために。

Footballの真実は無限へと続く直線ではなく、回帰する円環であるという(日本以外では極めて普遍的な、そして日本では極めて特殊に扱われる)命題。問わず語りで、この地において証明したかったのだろう。ある時はミケルス、ある時はアリゴサッキ、そしてそのコロラリーとしてのモウリーニョ….

古典的群像劇の再演の中に、Footballのエッセンスを見い出し、それを再演する真のプロフェッショナルな仕事。
アリーナで演じられるこれら概念群が織り成す空間は、ひとつの「意味」に満ちあふれた空間と時間、換言すれば「思惟」に充たされた空間の創出にほかならないこと。そして我々(という名の玄人)はFootballに意味を見い出そうとする、常に。

4バックの連動、ワイドな攻撃、2タッチ(コントロール)&ゴー、これらいくつかのパートからなるバクスタ−の脚本はまことに味読に値するものであり、この地におけるスタンダードになりうるものである。人は新規な戦術に色めきたつが、古典の再読/再演こそが、変奏としての新しい階調を招き入れるという事実。
目の前にFootballが立ち上がる瞬間とはどういうことなのか。現前のFootballと絶えず対話することから生まれでる通時性。

大いに悲しむべきことは、バクスタ−が離日することではない。彼の思索の軌跡に対して真剣に対峙する存在が、特にメディアにおいては、ついぞあらわれなかったということだ。単なる不作為を自由の文脈で無理矢理に読み替えたり、ノムさんばりのぼやき節を◯◯語録としてありがたく拝読する、この特殊国ではとても無理な要求とはわかっていながらも。

再演=representに必要なのは、視線の束でもあり、モダンの回路は常に古典の経路に脈を得る。

バクスタ−はかつて以下のように語った
「昇格して、またすぐに降格しては意味が無い。チームのファウンデーションを作り上げること。それが自分に課せられた仕事だ」と。

彼の言葉の奥底に流れる誠実さを読み解く時、この国にはびこる特殊で陳腐なアマチュアリズ的環境が逆照射される。

MARCELLO LIPPIが語る433

MARCELLO LIPPIが語る433
MARCELLO LIPPI

–433について話しましょうか…

う〜ん、まず433に触れる前に、真の問題は心理的側面にあるということを指摘しておきたいね。戦術について語る場合、精神状態が悪ければまったくの無駄だということさ。

—例えば…

チームはそれぞれ固有のアイデンティティや組織があり、
これらと互いに助け合う選手の謙虚さ、性向を組み合わせなければならないということ。

–それでは433については…
私のキャリアのうちで良く使った布陣さ。ただこれが全てではないよ。
監督はゲーム中、複数の解決法法を見つけなければならないと考えている。

–それは..

例えばユベントスの1年目433の3トップはラバネリ、ヴィアリ、デルピエロ。
ヴィアリ、ラバネリは強さを持ったタイプだが速くはない。
そのため前線からプレスを掛け、相手ゴール近くでプレーさせた。

ボクシチ、パドヴァーノやインザギ、デルピエロやジダンがいたころは速いパス回しからFWに渡すことを心掛けたんだ。

–攻撃面ではどういうことを期待しましたか?

全てはアタッカーの性質による。これは強調しておきたい。
もちろん、いくつかのガイドラインを授けることはするが、それに全く従うことは期待してないよ。
ジダン、デルピエロ、ヴィアリがいたとして、コーチの期待通りの動きからゴールが生まれると思うかい?
ただ、戦術的動きを必死に実践してくれた選手もいたよ。

監督の役割は、物事を簡単に解きほぐすこと!!
簡単といっても即興的なものでもないし、混乱を意味するものでもない。
個の才能と組織とのバランスを見つけることなのだ。
433といってもいろんな組合せがあるし。

–守備の局面では?

2人では守らないということ。2対2の局面で守れる場合もあるが、私は3人目の選手が必要だと考える。バックスがオーバラップした場合、中盤がディフェンスに入ります。ユベントスではデシャンのように。

–センターバックについては?

ファイティングスピリットを持った強くて速い選手が必要だね。

—足が遅い場合は?

足の遅い選手がいたことはないよ。ただその場合は、ポジションングについて修正し、組織を高める必要がある。
CBをサポートし、オフサイドトラップを試みる必要があるね。そうじゃないと、スピードのある相手に対しては広いスペースをカバーできないから。

—先程前線からのプレスについて出ましたが、433ではどのように?

ユベントスの3トップの場合、ポゼッション時にはそれぞれ決められたポジションから攻撃が始まる。
デルピエロは守備で違うポジションにいても、攻撃時には左ウィングに戻る。
たとえ決められたやり方で攻撃できなくても、守備の時には対面の相手を中盤までマークする。このため攻撃に移る為にしは少し時間がかかるね。

—ジダンが来てからやりかたを変えましたか?

いや、全く変えなかった。ジダンはモダンなNo.10だ。彼はボールを失っても、相手を追い掛けて守備をした。
しかもテクニックを兼ね備えている。もちろん、彼がユベントスにいたころは433で2トップの下に置いた。
彼のできる範囲で守備に奔走し後ろを助け、トレーニングにも積極的だった。
すぐにボールを奪い返せない時には、ジダンは中盤のラインまで下がって守備をしたんだ。

—守備と攻撃についてはどのようなプランを立てましたか?

とてもシンプルさ。守備では必要に応じて多くの場面を想定して分析した。
それをもとにシチュエーショントレーニングに落とし込み、最後にはゲームの中でできるようにした。

攻撃については相手の布陣を念頭において、いくつかの解決法と戦術を伝えた。
同じような方法論は守備陣にも伝えた。
ただ3年目以降は、ユベントスのアイデンティティを確立したので、多くのテーマを試合のなかで試した。これには二つの目的があって

・選手のモチベーションをあげる

・すでに練習で何度も繰り返したことを避けるためさ

プリチーニ(9歳10歳)のトレーニングメニュー/モンツァ

プリチーニ(9歳10歳)のトレーニングメニュー/モンツァ
6歳から9歳は”学ぶためにプレイ”し、
10歳から12歳は、”プレイしながら学ぶ”

年代別に分けて同レベルのチームと対戦させる
まず年代別にグループ分けする。プリチーニ(9歳〜10歳世代)とエゾルディエンティ(10歳〜12歳)のチームだ。
ミニサッカーでは全員がプレイヤーである。彼等は経験を積むために1学年上の子供達とプレイする。地元モンツァの現状を考えると小さい自治体のため同学年で同じレベルのチームと出会うことは困難であるからだ。レベルの違う同学年の毎週土曜に試合をする、これでは我々に成果がない。苦境が我々を上達させてくれるものだ。

常に自分のプレイを考えさせる
彼等はまだ幼いし、自由にプレイしたがる。。重要なのは練習中、常に頭を使わせるようにする。それから自分のしているプレイの意味を理解させるというのが基本だ。
まず話し合いをする。練習中に子供達に解説し、彼等自身で解決策を引き出すようにする。
押し付けの既製品みたいな練習を与えないこと、これが重要。

練習の目的

初歩の技術しかないプレイヤーを上達させるためにはコーディネーション能力を高めることが必要だ。
そのためには一対一の練習が基本になる。
しかし、子供達にグラウンドでは1人ではない事を判らせる、という基本は否定しない。具体的には各自に与えられた役割の責任、味方をどうサポートすればいいかを教えたりする。実際、スペースを埋める意識を理解することは、プルチーニ部門での目標に入れても良いと思う。

試合直前の心構え

1時間前に集まって15分後にロッカーに入る。
子供は話を聞きたがらないのでほんの少し指示を出す。試合における原則を列挙し、1週間の練習ポイントを再確認する。それからグラウンドでどう振舞わなければいけないかについていくつか諮問する。
ユニフォームはきちんと机の上におき各選手が自分のものを取り立ち上がる。ユニフォームに愛着を持つことが重要だ。子供達は私達のクラブの一員であることに喜びを感じなくてはならないし、クラブの紋章を見てそれを身につける、これは大事なことだと思う。